卒業生の声

速水淑子さん(46回生)

Profile
慶應義塾大学法学部卒業後、東京大学農学生命科学研究科修士課程修了。その後、慶應義塾大学法学研究科にてドイツ政治思想史を専攻し、法学博士を取得。現在、法学部非常勤講師。著書に『トーマス・マンの政治思想』(創文社、2015)。

速水淑子さん(46回生)

慶應女子高に入学してすぐ、体育館に集まった新入生は、目くるめくような光と音、上級生たちの口笛や足踏み、若さを誇るような激しいダンスで歓迎されました。そのとき、これで子供時代が終わって、大人の世界に入っていくのだと感じたのを、いまでもよくおぼえています。 のんびり過ごした中学校の時と比べて、女子高での生活はとても忙しく、オリエンテーション、修学旅行、演劇会、運動会、十月祭(学園祭)と、生徒主体の催しが次から次にやってきました。その合間に部活動、定期試験、実力試験があります。一年を通じて行う生徒会運営と年度末に発行される校内誌の編集も、生徒に任されていました。こうした催しへの参加が、完全に生徒の自主性に委ねられているのも、とても新鮮でした。 勉強に専念したい人、部活動で忙しい人、演劇会になると急に輝く人、いくつもの委員を掛け持ちして頼られる人、目立たない役回りで才能を発揮する人、学外で歌のレッスンに励む人、みなそれぞれのペースで、学校生活を送っていました。忙しい学校生活に疲れたら、授業の合い間に、図書室で本を読んだり、日本庭園を眺めたりすることもできました。いま思い返せば、先生方がどこかで見守ってくれていると感じていたから、いろいろな背伸びもできたのだとわかります。 学年を重ねるにつれて、選択科目が増えていきますが、それが大学の専攻を選ぶ準備にもなります。私の場合、ずっと文学部に行きたいと思っていましたが、三年になってあらためて自分の選んできた科目をみたときに、社会科学の科目ばかりで、本当の関心は政治学にあるのだと気が付きました。授業でレポートや論文を講評される機会があったのも、大学生活で役立ちました。講評のなかには、卒業して数年して、はじめてその重要さがわかったものもあります。課題の資料収集に、大学図書館を利用できるのも魅力でした。 とはいえ、女子高生活で得た一番たいせつなものはと聞かれれば、迷わず友人と答えます。迷いの多い時期を一緒に過ごした友人たちの声をきけば、多少人生がうまくいかなくても、女子高時代のように、もう少しがんばってみようかと思えます。

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齋藤真奈都さん(53回生)

Profile
慶應義塾大学法学部法律学科卒業、東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了。司法試験に合格後、現在は稲葉総合法律事務所にて弁護士として勤務。

齋藤真奈都さん(53回生)

入学式のあと、在校生によるオリエンテーションに向かった私を待っていたのは、音楽と上級生の足踏みが鳴り響き、色とりどりのスポットライトがぐるぐると回る体育館でした。熱気あふれる上級生に圧倒されるとともに、これから始まる高校生活に胸が高鳴ったことを今でもよく覚えています。
そうして始まった高校生活は、期待に違わず、エネルギッシュな先輩や同級生に囲まれた本当に楽しいもので、慶應女子高での経験は今も私を支えてくれています。そこで、私が慶應女子高で得た3つのことをご紹介したいと思います。
まず、慶應女子高では、豊富な選択授業や、部活や学校行事、学校外での習い事などそれぞれが好きなことに自発的に取り組むことができる環境が整っており、生徒の個性が尊重されています。そのような環境で過ごすうちに、自然と自分でやりたいことを見つけてチャレンジする姿勢を身につけることができました。
次に、演劇会でキャストや舞台照明に挑戦し、オリエンテーションの実行委員や生徒会の財務委員として活動する中で、失敗をおそれずに挑戦しやり遂げる力を身につけることができました。慶應女子高で一生懸命何かをやり遂げた経験は、私自身が司法試験に挑戦するときにも大きな支えになりましたし、難しい課題に取り組むときに必ず支えとなってくれることと思います。
そして、行事や部活で共に目標に向かって取り組むことを通じて、かけがえのない友達を得ることができました。卒業後、それぞれが違う道に進んでからも、慶應女子高で得た友達は、自分以上に自分の強みや弱みを理解してくれており、何でも相談し合える大切な存在です。
 このような素晴らしい経験をすることができる環境を作り、導いてくださった先生方に深く感謝を申し上げるとともに、たくさんの後輩が慶應女子高で素晴らしい時間を過ごされることを心より祈っています。

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田村咲耶さん(49回生)

Profile
慶應義塾大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程終了。ボストン・コンサルティング・グループを経て、GEヘルスケア・ジャパンに入社。 2012年より、将来の幹部候補を数年かけて育成するGEのグローバルプログラム「CLS :コーポレートリーダーシッププログラム」に日本人初のプログラム生となる。現職はサービス本部 サービスソリューション部部長。

田村咲耶さん(49回生)

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考えてもなかった卒業式がきた。
だって、昨日の定演後の日がくるなんて考えてなかったから。
そして、卒業式…号泣。
塾歌から涙涙涙。卒業証書でも涙。みんな泣いた。
女子高で過ごした日々…
…長かった
つまらなくてじゃない。あまりに多くのことがあって、私が変わった
から。
3年間なんかじゃない。10年間を過ごした。
塾長は「君たちは知性・理性を体いっぱいに詰め込んで飛び立つ」と
言った。
まさにそんな気分。
多くのことを思い出した。
卒業なんだ。
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これは、2001年3月22日の卒業式の日に私が書いた日記です。 「定演」とあるのは、私が3年間打ち込んだオーケストラ部の最後の演奏会のことです。 高校時代3年間の全てを出し切った次の日が卒業式でした。
広島の市立中学から誰一人知り合いがいない中でオズオズと入学したのがその3年前。 私は、ひたすら優等生でいよう、周りからの期待に応えられる子でいようと思うタイプの子で、 正直、テストの成績位しか誇れるものがない子でした。 それが、3年間の女子高の生活を通じ、自分に自信を持てるようになったのが、この日記からも分かります。
卒業後、私は全く予想もしなかった道を歩むことになります。 慶應義塾大学経済学部に進学、女子高時代は英語が大の苦手だったのですが、 一念発起して、交換留学生としてシンガポール国立大学にも1年在籍しました。 開発経済を深く学ぶために、大学院に進学した後、経営コンサルティングファームを経て 今は2児の子育てをしながらGEというグローバル企業で働いています。
後輩の皆さんの多くが、これから、今は想像もつかない道やキャリアを進むのではないかと思います。 どんな環境の中でも、女子高で培った知性と理性が、皆さんの道を切り拓く力になってくれる筈です。 一緒に頑張っていきましょう。

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井上裕美さん(47回生)

Profile
慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社し、現在プロジェクトマネージャーとして勤務。

井上裕美さん(47回生)

慶應女子高での生活を振り返りますと、本当に自由な校風であったと思います。特に今でも鮮明に覚えているのは,演劇会、運動会、十月祭などの行事です。いずれも学校から与えられるものではなく、その主役は生徒であり、生徒がそれぞれの役割と責任を持って、全力で最後まで作り上げていきました。しかし自分たちだけで抱えきれない悩みがあると、先生方が必ず正しい道へと導いて下さいました。その時々に出せるパワーを最大限に発揮し行事を終えたときは、達成感と感動で涙が止まりませんでした。
慶應女子高では、進みたい道に向かってかなり自由に授業を選択出来たので、理系科目が好きだった私は数学・物理・化学を選択しました。定期試験前になると、先生方に質問するため生徒が長い列を作ります。わからない問題があるとその列に並んだり、友達と知恵を出し合って取り組んだりしたのも懐かしい思い出です。
友人達の多彩な個性に良い刺激を受けながら、自身の個性を活かして全員が同じゴールに向かっていく、これは社会に出てからも大変重要なことであると思います。高校時代に、実はこのような力を自然に身に付けることが出来たのだと社会に出てから強く感じます。先生方が、人生で一番多感な時期にそのような力を培って下さっていたのだと後になって気付き、深く感謝しています。
今でも頻繁に恩師や友人と集まっていますが、何歳になっても学校行事や授業、定期試験での出来事は懐かしい思い出として話はつきません。 これから慶應女子高で学ばれる後輩の皆様が、素敵な時間を過ごされ、それぞれの新しいエピソードを作り上げて、社会へ羽ばたいていかれることを心より願っております。

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蒔平ゆきさん(51回生)

Profile
リムレット株式会社シニアアソシエイト
慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、ゴールドマン・サックス証券株式会社 投資銀行部門にて勤務。その後プロバスケットボールチームチーム、千葉ジェッツの立ち上げに参画。

蒔平ゆきさん(51回生)

中学3年生の10月のこと、慶應女子高の文化祭である十月祭を訪れた私は、慶應女子高生の輝くエネルギーを目の当たりにして、この学校で私も学びたい、そう心に決めました。
入学直後は知人がいなかったこともあり、パワフルな同級生達に圧倒されて不安でいっぱいでしたが、1週間ほどですぐに楽しくなりました。慶應女子高の素敵なところは、多彩な生徒たちがお互いの個性を自然と尊重するところだと思います。何かひとつの軸だけで優劣を決めることがありません。そしてそれぞれのもつエネルギーは強烈で、何かをやりだしたらとどまるところを知りません。
それぞれの豊かな個性を認め合うこと、本気で物事にとことんまで取り組むこと、この力を掛け合わせると全体のパワーは計り知れないものになります。このような環境で部活動や勉強や慶應女子高名物の行事などに打ち込めた日々はとても幸せな経験であり、慶應女子高生の輝きの源泉だと思います。私が今社会に出てからひとつひとつのことに思い切り打ち込めているのも、慶應女子高で培われたものがあってこそのことです。
そして、その恵まれた環境は慶應女子高の先生方の深くて広い愛情によって成り立っています。生徒たちの有り余るエネルギーを決して制限することなく、でもしっかりと導いてくださることによって、私たちはのびのびと3年間を過ごすことができました。
慶應女子高の仲間たちは今でもよく会うかけがえのない存在です。最高の環境で学び、一生ものの最高の仲間たちができたことが、私が慶應女子高に入って良かったと心から思う所以です。そしてこの3年間の経験はその後の人生に大きな影響を与えています。今後も慶應女子高でキラキラした時間を過ごした素敵な後輩たちがたくさん増えることを楽しみにしています。

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田中雅子さん(35回生)

Profile
田中総研(経営総合コンサルティングファーム)代表
慶應義塾大学法学部卒業。
慶應義塾大学大学院修了(LLM、MBA)。大学院在学中にバブルが崩壊し、窮地に追い込まれた家業をいきなり継ぐことに。 その後、外資系企業に入社して、 1年で部長に昇進。株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)、一部上場企業執行役員、子会社社長を経て、独立。

田中雅子さん(35回生)

私は静岡から、単身、慶應女子高に入学しました。これは父の勧めで「これからの女性は自分の足で立って、自立して生きていかなければならない。それには慶應女子高しかない」というものでした。
とはいえ、田舎から上京した私は不安だらけでした。が、入学初日からその不安は吹き飛ばされたのです。そこには、勉学だけでなく、様々な才能をもった個性豊かな仲間達で溢れていました。皆、目がキラキラとしていました。そして生徒たちを温かく見守る先生方。この仲間や先生方と3年間を過ごせるのかと思うと、胸が高まったのを今でも忘れません。
演劇会では、仲間に推されて主役を演じ、個人賞のみならず、全ての賞をクラスがとってしまいました。まさか自分がそんな人前で・・・と思っていましたが、新しい可能性やチャンスを仲間や先生方が見出してくれました。そして、クラス全員が学校に朝一番のりをして、アイディアを出し合い、創意工夫をしながらベストを目指して創り上げていったのです。誰から言われるわけでなく、自分たちが役割を認識し、自らが動く。その一人一人のパワーは相乗効果を生み出し、今まで味わったことのない素晴らしい経験になりました。
慶應女子高のDNA、それは「独立自尊」の精神。 父は、素晴らしい先生方や仲間とともに、私にこれを体感し、学んでほしかったのだと。そして今、断言できることは、慶應女子高での3年間で培われた経験全てが、私のベースになっているということです。
・自分で感じ、考え、そして実行する「自立力・実行力」
・どんな苦しい状況でも、それを楽しさに変えて乗り越える「強さ」
・仲間を敬い、仲間を認め合う「許容力」
社会の中で、女性としてイキイキとしなやかに生き抜いていくための最大のスキルです。 一人でも多くの後輩に、「慶應女子高を体感」してほしいと思います。そして社会に大きく羽ばたいてくれることを願っています。

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勝間和代さん(35回生)

Profile
経済評論家、中央大学ビジネススクール客員教授
慶應義塾大学商学部卒業、早稲田大学ファイナンスMBA
当時最年少の19歳で会計士補の資格を取得、大学在学中から監査法人に勤務。
アーサー・アンダーセン、マッキンゼー、JPモルガンを経て独立。

勝間和代さん(35回生)

慶應女子高にはもともと、11歳年上の姉が学んでいました。私が中学受験の時に、慶應中等部とほかにもいくつかの学校に合格して進学先を迷っていたところ、姉が親や私に「とにかく慶應女子高が一番楽しいから」と強く勧めたことが、この学校に入るきっかけになりました。
そして、今、私がさまざまな分野で自由に執筆し、自由に活動できるのは慶應女子高で得た三つの力が土台になっています。
一つめはリーダーシップの機会。現在は、6月に行なう演劇会になっていますが、当時は十月祭の前夜祭として行なわれていたクラス対抗劇で、1年生の時にたまたま、クラスの劇「シンデレラ」の監督役になりました。私は4人兄弟の末っ子で、それまでクラスのリーダーシップをとるようなことには無縁でしたが、それでもいろいろな指示を出して、クラス全員が力を合わせ、シナリオが大成功して、学年でもっともたくさんの拍手をもらったときには、達成感で一杯でした。
二つめは自分の強みへの没頭。当時は「IT」という言葉はありませんでしたが、慶應女子高では受験勉強をしなくていいので、自分の時間はすべてパソコンに充てていました。プログラミングをして、占いを作り、絵を描いて、RPGを作ってと、あまりにもパソコンばかりしているので、定期試験数日前にとうとう、母親からキーボードを隠されたことがありました。
そして三つめは、素敵な仲間との出会い。大学在学中に公認会計士の資格を取ろうとしたときも、慶應女子高の仲間と4人で一緒に商学部に進学し、専門学校にも一緒に通いました。1人では辛い勉強も、仲間となら楽しい時間です。
慶應女子高は有形無形のたくさんの財産をくれました。1人でも多くの後輩が、同じような宝物を慶應女子高で見つけてくれることを願っています。

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大西利佳子さん(41回生)

Profile
株式会社コトラ 代表取締役(スペシャリスト・マネジメント人材紹介業)
慶應義塾大学経済学部卒業。日本長期信用銀行(後に新生銀行)勤務の後に会社設立。

大西利佳子さん(41回生)

よく人生は良き師との出会いが大切だといいますが、慶應女子高にはたくさんの良き師がいらっしゃいました。
ひとりひとりの先生方には個性があり、自分の専門分野についての自負心がある。そして教えるということを心から楽しみ、生き生きとしている師たちでした。この教科 ではこういった内容を教えるべきという社会的通念にとらわれることなく、のびのびと教える先生方の姿に高校生の私は、「こうやって自分の信じる道を進めばいいん だ」と自己肯定の素晴らしさを肌で感じたのでした。
自分が自信をもって生きている先生方は私たち生徒たちのことも信じてくれていたと感じています。おかげで文化祭、運動会、修学旅行等の学校行事の企画運営は、かなりの部分が生徒たちに任されていました。その企画運営をする過程で、高校生らしい友達との摩擦もありながら、仲間とともに一つのことを作り上げる素晴らしさを体験しました。それを通じて築いた絆は今でも続き、そして一生涯続いていくことと思います。
良き師、最高の友を得ることができた慶應女子高は本当に最高の学校です。 そんな話をランチタイムに会社の人にしたところ「僕の高校も自由で楽しくて最高でした」と力説されました。
私の母校自慢話に対抗する人がいるとは、世の中にはほかにも良い学校があるのだと認めつつも、やっぱり私には慶應女子高が最高!
今日も会社のランチタイムにはお国自慢ならぬ母校自慢合戦をしています。

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